覆す話
2020年2月22日
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自分が信じていたものを覆さないといけないな。そんなことを考える帰り道。

怒りが原動力。そう言われたのは5年ほど前だった。たしかに随分苛々としている。いったい何に。そればだいたい、気遣いのなさや、一方的なコミュニケーションから。そんなことで怒っていてどうするんだと。言われるかもしれない。受け入れて、その場を収めて、後からなにかの偶然の重なりが発生した時に、その一部を伝えていく。きっとそうすれば、世の中(それはとても近いところの)は穏便で平和だろうなと思う。

矛盾するかもしれないが、感情を出せる人とは信頼している人でもある。その人に言われるからこそ悲しくなり腹が立ったりする。この人には伝えても大丈夫。僕が怒るときは本気の本心である。それでもしも離れられたら、それはそれで仕方がないと思っている節がある。

ただ、それがだめなのであろう。いま、自分の思考回路が変わってきている。一人の思考で生きたくないのだ。

今日は腹が立ったというか、あることをある人に伝えた。何かが治った。ただ、起こっていなかったものが一つ生まれていた。ある人にこうではないかと言って。10分後くらいには下らないことを話し合っていた。

怒ることとはこういうことだ、悲しいとはこういうことだ、楽しいとはこういうことだ、笑うとはこういうことだ、とはいえないと思う。「怒り=こう伝わる」ではない。その人の怒り方や、その時々があるから。それでも伝わらないことがある。理解しようとしても難しいこと。

どうしようかなと思いながら。まだ先は長い。