生活
それぞれのタイミング 時間の進み方
2018年12月10日
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それぞれの時間で生きているなと思うことが多くなった。

それは、自分自身が(今更ではあるけれど)自分の時間で生きているなと思うことが多くなってきたことがある。そうすると、自分ではない人たちにもそれぞれの時間があるということが分かってきた。本当に、今更かという話で。

自分の時間がまずある人。他者に時間を委ねる人。昨日と今日で時間が変わる人。人それぞれに時間があること。それについてよく考えます。また、心境について。心境によって左右される私たち。いつも会いたいと思う人と会う。しかし、いつも会いたいと思う人と、今日は会わないでおこうと思うことがある。この場所で、この時間で、このタイミングで。

「あの」について。あの場所ではあの人と。今日はあの場所で、あの人と。あの場所で明日はあの人と。旅先で、いつもの人と会いたい人。旅先では、一人になりたい人。旅先では旅先の人と出会いたい人。

この場所で、あの場所で、あの人と、この人と、誰かと、誰とも。

自分にも分からず、誰にも分からない、それぞれの心境や状況の中で生きているということが、近頃は落ち着いているので(だいたい)分かる。いや、分かるではないから「そういう時かな」と予測しながら、中空に飛ばせるようになったというのが正直なところです。なんでそうなったのかなと思ったら、自分の時間が増えたからではないかと思っている。

普段は仕事をしながら写真のことをしている。仕事は周りの人たちがいるけれど、写真の大半は一人でやっていて、たまに展示などを通して人と関わる。けれど、展示の案内を送ったり、連絡をしたり、そんな直接的なことをしても、来れない人は来れない。来れたとしても「行かない」という選択がある。「気分」と言えるが、その力は他人がコントロールできるものでもない。来れる人と来れない人がいる。行けるけど行けないな。という選択があるな。ということ。今回はそうだったんだな。なんて思いながら、「またいつか」を楽しみにしている。「またいつか」のその時は、以前出会った時よりもパワーアップしている。そんな期待を持ったりしている。

先日、仕事で3日間東京に行ってきた。その中で、以前から展示をする度に丁寧にお便りをくれている人がいて、その人の展示期間と今回の東京出張がかぶっていて、最終日が1日自由ということもあり向かおうと思っていたけれど、その前に見ていた展示に時間がかかったことと、そろそろ家に帰ろうかと気持ちが動いたことで、結局行かなかった。どれだけ行こうと思っていても、些細なことで新しい行動に移ってしまう。誰もがその時の心地よさを選んだりしているのかもな、と、思いながら、帰りの新幹線の時間に向けてちょっと余裕を持って向かったのだった。

携帯電話とかパソコンとか。個人との連絡が簡単に取れるようになって、状況がわかるようになっている。それってどうなのか。その人の時間もあるだろうに、ちょっとわがままになっていないかと、ちょっと心配になったりもする。連絡ができるペースが随分と早くなって、そういったものにまだ慣れていないような気もして、それに追いつこうと一生懸命になっていたり、焦っていないかと、少しばかり心配になったりする。そんな時に、ゆっくりとした返信をしてくれる人たちに対して、安心したりする。この人にはこの人の時間があるのだなと思う。一息ついて、こちらも自分の時間が動き出したなと思う。

他者に対して欲張りになることに怖くなったりもするが、それぞれの時間を尊重して、ウマが合う時に会うがいいなという心境です。きっと頑張っているのだろうと懐かしく思い出しながら、近しい人にこそ勝手なエールを送りたいです。

ただその分、出会った時や連絡をする時には精一杯楽しんだり、おもしろい話をしたり、真剣な話ができればと思っています。