橋本さんが kazuki hashimoto となって見た、何回目のライブだろうか。稲田さんとの2人体制を主軸として、その回ごとに演奏メンバーが変わる。この日は稲田さんに加えて元dOPPOの辻本さん、白い汽笛の寺島さんを迎えたカルテット体制。
カルテットとは4人組ということだ。4人での演奏はバンド演奏だった。ロックバンドとは言わないが、それは間違いなくバンド。リハーサルを見ていて気づいた訳だが、当たり前と言えば当たり前のことだった。
しかし、橋本さんがバンドらしく演奏しているのはいつ以来だろう。The This Town という名前のバンド形式での演奏が少しの期間ではあるがあったものの、演奏から「これはバンドだな。」と思ったのは、dOPPO以来かもしれない。今回は特にそうだ。辻本さんがドラムを叩いている時点で、否が応でも高まるバンド感。
さて。バンドについて話す前に、橋本さん個人について。
橋本さんが歌う歌はよく聞こえる。これは才能だと思う。言葉を選ぶという、作詞の才能は以前から「そうだ」と思っていたけど、演奏の音にくぐもることなく届く声。タテタカコさんもそうかもしれない。バランス。歌詞と声のバランスだ。声だけ良くてもうるさいです。歌詞だけよくても聞こえません。その双方を持ち合わせている。これは才能というのか、特性というのか、やろうと思ってやれるわけではない個人のものだ。
そして、バンドの話。
橋本さんは前述した通りの声と歌詞がある。そして、ソロアーティストとして活動を始めて以来、ピアノを自らの楽器としてものにしている。これってやっぱり凄いことなんでしょうか。音楽の友人に聞いて見たいものだ。それにしてもいいなと思う。「いいな」と思えることもまた、特別なことだ。ただ上手くても仕方がない。愉しみは失敗や偶然や予期せぬものがあってこそだと思う。決め事では生み出すことができないことがある。結論に到達はしないが、橋本さんのピアノは聞いていて、見ていて、愉しいのである。
さて、バンドだ。
一人ずつ言い始めればとんでもなく長文である。まとめて言いたい。彼らはとても魅力的だ。
失敗や偶然から生まれるもの。そういうものがそれぞれにあると思う。決め事に縛られず、予期せぬことが起こることに期待する。筋道の見えたものほど興味がわかないことはない。「これはこうです」に興味がわかないことは私自身の趣向である。そんな私には、この日に限らず橋本さんが集める人(メンバー)がはまって仕方がない。
私は音楽に対して素人だ。音楽を熟知した人からすれば、また違った「あれはこう、これはこう」が出てくるだろうが、上手さとはまた別のところで当てはまっていく、予期せぬ心地よさがある。
この日は特に寺島さんの音が嬉々として聞こえた。人の曲で遊ぶこと。その遊びを待ってましたと驚きながらも受け止めては演奏して組み合わさって行く。この日のバンドはそんなバンドだった。
懐かしくも感じたバンドとしてのkazuki hashimoto。
この日の遠雷は懐かしい遠雷だった。この日のような周囲の姿こそが、現実的な私の生活も後押ししてくれる。過去は過去という人がいるけれど、過去を現実として生み直すことも出来る。そんな風に思った。とにかく良い演奏だった。
4.7 金「カルテッツ」@HOPKEN
あだち麗三郎クワルテッット
kazuki hashimoto quartet(ex dOPPO)
[稲田誠/辻本まりこ/寺島タマミ]